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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)984号 判決 1970年6月20日

原告

小川健一

被告

片桐鐘七

主文

一、被告は原告に対して金八五一、七三二円および内金五〇七、一四一円に対する昭和四二年八月一三日から、内金二四四、五九一円に対する昭和四四年三月一九日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分してその一を原告の、その余を被告の負担とする。

四、この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

五、ただし被告が金六〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

被告は原告に対し、金二、〇三三、二三四円および内金一五〇万円に対する昭和四二年八月一三日から、内金二八三、二三四円に対する昭和四四年三月一九日(訴状送達の翌日)から右各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、原告、請求原因

(一)  本件事故の発生

日時 昭和四二年八月一三日午後〇時一〇分ごろ

場所 滋賀県神崎郡五個荘町簗瀬一六の一番地先、国道八号線上

事故車 軽四輪貨物自動車(六岐ひ二二一二号)

運転者 訴外亡片桐力

態様 原告は自動車(大五の二一一七号、以下原告車という)を運転して彦根方面に向いサイドラインに沿つて進行中、前方反対方向から大阪方面に向い進行していた事故車が突然センターラインを越えて対向車線に侵入して原告車と正面衝突した。

受傷 原告は顔面口唇部挫創、胸部右肘部右膝部打撲傷、頸部挫傷捻挫、左顔面打撲による上眼窩神経痛、歯牙損傷の傷害をうけた

物損 原告車大破

(二)  帰責事由

1、訴外力には、未熟運転、前方不注意、区分帯無視、ハンドル、ブレーキ操作の不適当の過失がある。すなわち事故車運転の訴外力は、昭和四二年五月ごろ軽免許を取得した運転技術が極度に未熟な者であり、前方を注意しないで突然センターラインを越えて対向車線に侵入し、時速六〇キロメートルを越える高速で無制動のまま原告車の正面に衝突した。

2、被告は事故車を同年二月ごろ購入して、これを自己のため運行の用に供していたもので、本件事故当時被告の子である訴外力に使用させていたものである。

被告は訴外力(当時一六才の高校生)の父で同人を保護監督すべき親権者として、力の年令、運転の未熟を考慮して日ごろからの訓育、未知の道路を通つての遠出の禁止などの監督義務があるところ、本件事故当時これを怠った過失により力が事故を惹起するに至った。

3、従つて被告は、人身損害について自賠法三条、物損を含くめて、民法七〇九条により本件事故から生じた原告の損害を賠償する責任がある。なお訴外力にも民法七〇九条により原告に対する損害賠償義務があつたが、力が死亡したので、被告が相続により右義務を承継したことを予備的に主張する。

(三)  損害

1、療養関係費 合計金二五六、〇四〇円

治療費 二〇九、六九五円

付添費 六、六一〇円

入院雑費 一五、三五〇円

(救助者謝礼、電話料を含む)

交通費 一一九、九五〇円

(転医、通院、原告の兄の能登川病院までの交通費)

証明書料等(自賠保険請求用) 四、四三五円

2、逸失利益 合計金二五二、七八四円

(1) 給与減 一三二、四八三円

原告は三洋電機株式会社に勤務し、本件事故により欠勤を余儀なくされ、昭和四三年三月の昇給期に昇給せず、そのため毎月基本給六〇〇円の給与減となり、これが定年(五八才)退職する昭和七三年六月まで続くものであるから、その間三六三か月間の給与減の合計は、金一三二、四八三円である。

六〇〇円×二二〇・八〇六〇(ホフマン係数)

(2) 賞与減 金八四、四四四円

昭和四二年下期減額分 二一、三九五円

昭和四三年上期同 五、七七九円

同年下期同 一、八六〇円

六〇〇円(基本給減)×三・一か月分(支給率)

昭和四四年上期から同七二年まで二九年間の減額分

六〇〇円×五・一八×一七・六二九三=五四、七九一円

(五・一八が月分、過去昭和三九年上期から同四三年下期までの賞与の基本給に対する年間平均率。

一七・六二九三はホフマン係数)

退職日に支給をうける昭和七三年上期賞与減額分 六一九円

<省略>

(二・五五四は昭和三九年から昭和四三年までの上期賞与の基本給に対する平均支給率)

(3) 退職金減 一〇、三三九円

原告は昭和三四年四月入社、定年退職する昭和七三年六月まで勤続年数三九年二月、

退職金支給率は、四二・五八であるから基本給減六〇〇円に対する退職金減は、一〇三三九円である。

<省略>

(4) 有給休暇減 二五、五一八円

原告が本件治療期間中、有給休暇をとりその間にうけた損害は、左記のとおりである。

(a) 事故後昭和四三年三月二〇日までに一〇日間

(b) 同年九月二一日から同年一二月一七日までに六日間

(a) 32,800円(基本給)×10/22(出勤予定日数)=14,909円

(b) 38,900円×6/22=10,609円

3、慰藉料 金一五〇万円

原告は本件事故による受傷により一年三か月余に及ぶ治療期間(入院二二日、通院九七日)を要した。ことに下顎部中央と下口唇粘膜部に一ないし三センチメートルの裂創をうけたため、瘢痕や硬結となつて残り、下口唇の変形、感覚まひ、発音障害、よだれが出て対話中いつも吸わねばならない後遺症がある。また歯牙損傷のため上顎中切歯を抜き、これに架工義歯を装着したが、いつ脱落するかもしれず、その下部の歯も削合のため冷いものがふれるとしみ、味覚が減じる等この傷害による打撃もきわめて大きい。その他頭痛が時々ある。

原告は工業デザイナーとして新製品開発に関する重要な職務を担当し、将来期待されていた中堅社員であつたが、本件事故後休職をさけるため、やむをえず出勤したものの極度に精神の集中を要する仕事のため、頭痛などある体で満足にできず、そのうえ通院している状況では、いつしか周囲から冷くされ、大きな精神的苦痛であつた。また治療のため残りの有給休暇一〇日をすべて費し、次年度分も六日間を取り、なお数一〇日の欠勤をせざるをえなかつた。原告側は、被告の子力が死亡したので深甚なる弔意を示しているのに、被告は本件損害賠償について何ら誠意がない。

4、着衣損傷 金五、〇〇〇円

5、物損 金三一四、四二〇円

カーボトル 二、八〇〇円

原告車修理費 二八五、六二〇円

レッカー車代 二六、〇〇〇円

6、弁護士費用 金五〇万円

(着手金等二五万円、報酬二五万円)

(四)  損益相殺

原告は被告から治療費の内金として昭和四二年一〇月一二日金一〇万円を、昭和四四年四月二日自賠保険金六九五、〇一〇円を受領した。これを療養関係費、着衣損傷、物損の全額と逸失利益のうち金二一九、五五〇円に充当する。

(五)  よつて、原告は被告に対して、金二、〇三三、二三四および内金慰藉料一五〇万円に対する不法行為日である昭和四二年八月一三日から、弁護士費用を除く内金二八三、二三四円に対する昭和四四年三月一九日から右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告

(一)  請求原因に対する認否

本件事故の発生は、態様の一部、受傷、物損を争うほか認める。態様中、進行方向および事故車がセンターラインを越え原告車と衝突したことは認める。

帰責事由1は、訴外力に過失があつたことは認めるが、その内容は争う。

同2は被告が事故車の運行供用者であり、力(当時一六才)の父として力に事故車を使用させ、その保護、監督すべき親権者であつたことは認める。その余は争う。

損害はすべて争う。

損害利益は、充当について争うほか、認める。

(二)  過失相殺

本件事故現場は、原告の進行方向に向つて右に大きくカーブし、見とおしのきわめて良い場所で、訴外力は事故車のハンドルを突然右に切つてセンターラインを越えたのでなく、徐々に近づいて越えたものである。原告は、事故車がセンターラインを越えて進行してくることを相当手前から十分認識しえたのに、前方を十分注視せず、衝突を回避しえなかつた。なお衝突地点の西側は空地であるから原告車を道路の最左端に寄せるとか、空地に乗り入れる応急措置が可能であつた。従つて本件事故について原告にも過失がある。

(三)  相殺

かりに原告に損害があるとするも、被告は本訴(昭和四五年三月二八日の第六回口頭弁論期日)において、原告に対して有する左記債権(本件事故につき原告の過失により生じた損害)をもつて、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

債権額 二、三三九、八一二円

1 相続分 金一、一四七、六三九円

(1) 亡力の逸失利益 金七、〇六〇、二〇〇円

死亡当時 一六才、高校二年生

高校卒業 昭和四四年三月、月収四万円

生活費控除 月額一五、〇〇〇円

就労可能年数 四六年

ホフマン係数 二三・五三四

算式 二五、〇〇〇×一二×二三・五三四

(2) 亡力の慰藉料 金三〇〇万円

合計一〇、〇六〇、二〇〇万円となるが、この内自賠保険金二、四〇九、二七〇円控除して、七割過失相殺すると金二、二九五、二七九円となり、これを被告と力の母片桐よしゑが二分の一(金一、一四七、六三九円)宛を相続した。

2 被告の慰藉料 金一〇〇万円

3 被告が負担した訴外水野太造の損害分 金一九二、一七三円

治療費等支払 金八八四、三四七円

この内自賠保険金五〇万円の支給をうけ、残額について原告も共同不法行為者として二分の一を負担すべきであるから、金一九二、一七三円となる。

三、被告の抗弁(二)、(三)に対する原告の答弁

いずれも否認する。

1  原告車は、ハンドル、ブレーキ等十分整備されており、本件事故当時、時速約四五キロメートルで進行していて、先行車はなく、事故車の方にも先行車がなかつた。原告は前方を注視しつつ慎重に運転し、事故車が事故現場の西方約七〇メートルの御幸橋付近に見えると同時に引き続き衝突するまで注視していた。

2  事故車が、対向車線に侵入してくることが予想されるような事情はなかつた。その運行に異常がなく、前からセンターラインを突破し たのでもなく、道路上の障害はなく、先行車がないから追越の必要もなかつた。また現場近くの道路を右折すべき態勢でもなかつた。

3  事故車がセンターラインを越えてから、原告は反射的に急制動をかけ左転把して可能なかぎり避譲措置を取つたが、至近距離であつたためと、両車の速度から危険の発生から衝突まで一瞬で、衝突を避けることができなかつた。

従つて本件事故について原告には何らの過失はない。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故の発生

原告主張の日時、場所において、片桐力運転の事故車が大阪方面に向い進行中センターラインを越え、彦根方面に向つて進行していた原告運転の原告車と衝突したことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、原告は顔面、口唇部挫創、胸部右肘部右膝部打撲傷、頸部挫傷捻挫、左顔面打撲による上眼窩神経痛、歯牙損傷の傷害をうけたことが認められ、〔証拠略〕によると原告車の右前部バンパーの折損のほか右側車体が総体的に後方へひずみを起すなど大破したことが認められる。

二、帰責事由

(一)  被告は事故車の運行供用者であり、本件事故当時被告の子片桐力(当時一六才)に事故車を使用させ、同人が本件事故について過失があつたことを自認しているので、自賠法三条により本件事故から生じた原告の人身損害について賠償する責任がある。

(二)  ところが、被告に一般不法行為(民法七〇九条)が成立するか否か検討するに、被告が力の親権者として同人に対する監督義務を負つたことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、片桐力は事故当時岐阜長良高二年生であつて、事故前の四、五が月前に軽自動車を運転しうる免許を取得し、自家営業(ミシン加工)の手伝や近くをドライブするために休日などに運転し、遠出したのは岐阜県内の郡上まで一度あつたこと、本件事故前友人の水野とびわ湖へ水泳に出かけるについて、力の母が速度を出さないように、目的地に着いたならば、電話をかけるようにさとして送り出したこと、被告は自ら事故車のキーを保管していたが、力に対して近くでの運転は比較的自由に使わせていたことが認められる。

右事実によると、被告が力の事故車運転について、運転経験の少いことに多少不安をもつていたかもしれないが、未熟で危険な運転をする認識はなく、日ごろの運転と一度遠出したこともあるため、事故車を使わせたものと考えられる。力が過去に事故を起し、運転することが危険であることや、まだまだ経験者の指導なしでは遠出することが無理だということが被告に分つていてあえて事故車の使用を許るした場合ならばその監督上の過失があることが明らかであるが、本件がそのような場合に該当しない。被告が力の年令、運転歴からみて遠出することをやめさせるべきだつたとしても、それは結果として言えることで前記認定事実からすると監督上の過失とはいえない。かりに多少とも不注意が認められるとしても右事実からすると損害の発生との間に相当因果関係はない。従つて、被告自身に監督義務として不法行為責任はない。

(三)  予備的責任原因についての判断

しかし〔証拠略〕によると本件事故により片桐力は、事故当日の午後三時三〇分に死亡するに至つたこと、同人には父である被告と母片桐よしゑがいることが認められる。亡力が本件事故について民法七〇九条による過失責任があり、事故から生じた原告に対する損害賠償義務があるところ、被告は力の相続人としてその二分の一の権利義務を承継したことが認められるので、後記物損については被告はその二分の一を賠償すべき義務がある。

三、損害

原告は事故現場近くの中川外科で診察をうけ、その後能登川病院に三日間入院し、さらに大阪市城東区城東病院に転医して昭和四二年八月一六日から同年九月三日まで一九日間入院して治療をうけた。

さらに退院後同病院へ同年一二月三〇日まで一一八日間(実治療四八日)通院し、その間同市都島区の浜田眼科へ二回、同区の太田歯科医院へ四回通院し、また新梅田クリニツクへ頭部外傷後遺症についての検査を三回うけた。

そして昭和四二年九月二一日から翌四三年六月一一日まで大阪歯科大学付属病院へ三八回通院した。

原告の症状は下顎部と下口唇粘膜部に二か所宛、一ないし三センチメートルの創があり、これらが瘢痕や硬結として残り、閉口時に下口唇が右側に偏位し、発音障害や口唇音に異常がある。また頭痛、立ちくらみなどの愁訴が続き、外傷性神経症をまねくおそれもあつた。ことに歯牙損傷の結果、上の前歯二本が脱臼、破損により、他の歯から架工義歯を装着することになつたが、かなり困難で咬合の負担を減ずるため下の前歯を可能なかぎり削り、調整してもらつたが、これらの傷害のため治ゆした現在でも原告は常にだ液を吸いこみ口から異常音を発する動作をくりかえしている。〔証拠略〕

1  療養関係費 合計金二三八、三三五円

治療費〔証拠略〕 二〇九、六九五円

付添費 認めない。

甲二号証の一、(能登川病院診断書)によると付添は要しない旨の記載がなされ、原告本人尋問の結果によると付添費でなく、入院雑費、交通費にあたるものを、この項目に入れているにすぎない。

入院雑費 八、六九〇円

入院一日につき三〇〇円程度の残費を要すること公知の事実であるから、三〇〇円の入院日数(二二日)分と電話料一、〇五〇円、と入院中の昭和四二年八月三〇日に会社へ呼び出されたタクシー代一、〇四〇円の合計額について認める。〔証拠略〕

交通費 一九、九五〇円

事故後直ちに原告の兄が能登川病院までかけつけた交通費、原告が能登川病院から城東病院へ移つた交通費のほか前記通院交通費〔証拠略〕

証明書料等 認めない。

これは自賠保険請求用のものであるから、そのための費用は事故による損害として通常生ずるものでないから、相当因果関係がないので認めない。

2  逸失利益 金四六、一九七円

原告は昭和一五年六月一五日生れで、昭和三四年大阪市立工芸高校を卒業して直ちに三洋電機株式会社に入り同社工業意匠部ラジオ意匠課に勤務していたが、本件事故のため昭和四三年三月二〇日までに三九日間の欠勤により、昭和四三年四月以降の本給は欠勤がなければ月額三九、五〇〇円となるべきところ、三八、九〇〇円しか昇給せず、六〇〇円の差が生じた。また賞与において右欠勤により減額され、昭和四二年下期は二一、三九五円、昭和四三年上期は五、七七九円の減収となつた。〔証拠略〕

(1)  給与減 金一四、二一一円

昭和四三年四月から昭和四四年三月まで金七、二〇〇円

六〇〇円×一二か月

昭和四四年四月から昭和四五年三月まで金七、〇一一円

六〇〇円×一一・六八五八(月別累計ホフマン係数)

本件口頭弁論終結後昭和四五年四月以降定年五八才〔証拠略〕までの給与減については、現状が変らないことを前提とするが、原告が定年まで勤務するかどうか、勤務したとしても六〇〇円の本給の差額は原告の努力による昇給、特別昇給等でなくなるこどもありうることを考えると、甚だ不確定なものにすぎず認めることはできない。ただし一時的にしても同僚との間に差ができる不利益があつたことは認められるから慰藉料算定事情として勘案することにする。

(2)  賞与減 金三一、九八六円

昭和四二年下期 二一、三九五円

昭和四三年上期 五、七七九円

同年下期 一、八六〇円

六〇〇〇円×三・一か月分

昭和四四年度賞与減 二、九五二円

六〇〇円×五・一八(平均支給率)×〇・九五(ホフマン係数)

(甲一三号証)

その余の請求は、前記(1)と同じ理由により認めることができない。

退職金減

前記(1)と同じ理由によりこの請求も認めることはできない。

有給休暇減 認めない。

原告が本件事故による治療のため昭和四三年三月二〇日までに欠勤を余儀なくされたうち、一六日間の有給休暇を取つた。〔証拠略〕欠勤による損害といえるのは、現実に生じた消極的損害であるから、有給休暇で欠勤分の給料を取得している以上損害が生じたことにはならない。ただ事故により有給休暇を取つたため、その年次内で後日有給休暇がなくなり、欠勤せざるをえなくなり給料が減額されたという事情があれば格別、そのような主張、立証もない本件においてこの請求を認めることはできない。しかし、この有給休暇分を他に利用できず、そのため不利益を被つたことは否定できず、この事情は慰藉料算定について考慮する。

3  慰藉料 金一一〇万円

原告の症状、治療経過、後遺症、ことに顔面、歯牙損傷によるものはかなりひどく将来に影響するものであり、また前記の有給休暇を使えなくなつた等の不利益、事故の状況その他諸般の事情を斟酌すると原告の肉体的、精神的苦痛に対する損害として金一一〇万円が相当である。

4  着衣損傷〔証拠略〕 金五、〇〇〇円

5  物損 金三一四、四二〇円

原告車の修理費等〔証拠略〕

四、過失相殺

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

本件事故現場は幅員八メートルのアスフアルト舗装された道路上で、約二〇メートル北東に能登川町方面に通ずる道路と、三差路となりその先(彦根方面)約五〇メートルに御幸橋があり、同橋に向つて緩い上り勾配で右側に僅かにカーブしている。現場道路の南東側は道路面の二メートル下に田があり、北西側には二メートルの高さの雑草が生えた土手、三差路へかけて空地があり、雑草個所の外側はがけとなつている。道路上は視界を妨げるものはなく見とおしはきわめて良効である。

原告は、事故直前前方約一〇〇メートルの御幸橋を大津方面へ向つて進行してくる事故車を見ていたが、道路上には自車と事故車のほかなかつたので、その動静を十分注視しながら時速四五キロメートルで道路左側寄りに進行していた。ところが対向してきた事故車は、それまで自車線の中央あたりを時速約六〇キロメートルで進行していたのが、三差路を過ぎた地点で急にセンターラインを越えて約二〇メートル離れた原告車の方向に進行し、原告車の右前部へ激突してきた。原告は一瞬急ブレーキをかけ、左転把をしたが、至近距離で間に合わなかつた。事故車は大津方面へ向つており。何故センターラインを急にオーバーしたのか助手席に同乗していた水野にも分からなかつた。

現場には原告車のスリツプ痕(四メートル)があるが、事故車にはなく、事故車は車首を大破して運転台席の下部が後方に圧縮されている状態であつた。

右証拠中認定に反する部分は措信せず、他に被告本人尋問の結果の一部も信用できず、その他右認定を動かしうる証拠はない。

右事実によると、原告車、事故車の相対速度は時速一〇五キロメートルにもなるのであるから、原告が三差路あたりで事故車のセンターラインを越えたのを見てその場から避譲しうるには二、三〇メートルの距離では秒速三〇メートル近いことを考えると不可能に近い。原告車の道路左側に空地があるが、そこへ入りうる余裕があつたとは到底認めることができない。また道路の状況、他の車両などの関係から事故車が、センターラインを越えることをあらかじめ原告が予測しなければならない状態であつたとは考えられず、本件事故の発生について原告には何らの過失はない。従つて、過失相殺すべき事案ではない。

五、相殺

本件事故について原告に過失がなく、亡片桐力の一方的過失にもとづくものであるから、原告の過失責任を前提とする被告主張の損害賠償債権が発生する余地なく、相殺の抗弁は理由がなく採ることができない。

六、損益相殺

原告が被告から治療費として一〇万円、自賠保険金六九五、〇一〇円を受領していること当事者間に争いがなく、右一〇万円を治療費として充当し、保険金は人損のために支払われるものであるから、物損を除く各項目に按分して充当すると

<省略>

となる。

そして物損の二分の一である金一五七、二一〇円は被告が負うべき債務であるから、合計金額は金七五一、七三二円となる。

七、弁護士費用 金一〇万円

原告が被告に対し右七五一、七三二円の損害賠償請求権を有しているところ、被告が任意に弁済しないこと、原告が本訴訴訟代理人に対して報酬等の支払義務を負つていることは〔証拠略〕により明らかである。そこで右認容額、事案の難易を勘案して弁護士費用として(原告が現実に支払つた金額にかかわりなく)金一〇万円を本件と相当因果関係のある損害と認める。

八、結論

原告の本訴請求中、被告に対して金八五一、七三二円および内金慰藉料五〇七、一四一円に対する不法行為日である昭和四二年八月一三日から内金弁護士費用を除くその余二四四、五九一円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和四四年三月一九日から右各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行および同免脱の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本清)

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